今はモンキー&ゴリラとの日々

○プロローグ
今をさかのぼる事20年前、友人からゴリラをもらった。
ひどい状態だったが、得体の知れないエンジンは3つあった。

とりあえず、レストアした。
フレームから塗り直し、タンクはパールピンクに塗った。
カミサンのバイクにするつもりだった。
キレイにレストアして、ノーマルのまま倉庫に入って永い眠りに就いた。

2007年夏、仕事場が今の場所になって、通勤距離が18kmほどになり、通勤コストに悲鳴を上げてまた友人に相談した。


  私 「通勤に使う適当なバイク、どこかに二束三文でないかなぁ?」
  友 「最近そういうのないんだよね、おまえゴリラ持ってたジャン。あれ整備して乗れば?」

昔から世話になっている友人の言葉になかなか逆らえない。
が、出来ればゴリラは引っ張り出したくなかった。
モンキー・ゴリラは封印して倉庫に仕舞いこみたかった・・・・・
・・・・なぜなら・・・・
絶対にサルの悪いハシカに掛かってしまうのが分かってたから・・・・・

とりあえず、浜松の倉庫の奥深くに眠っていたゴリラを発掘して、一通りの整備をする。しかし、 10年の時を倉庫で過ごすと結構ボロボロになるということも学習した。

 

○サルのハシカ
サルのハシカが巷に流れ始めたのは、親方が高校生の頃、まだ70年代だった。
「武川」なんてその頃から部品造ってるんだから、「老舗」と呼んでいいだろう。
当時の御三家は「武川」「早矢仕」「スーパーモンキー」だったが、今は「武川」「キタコ」「ディトナ」らしい。 時代は変わるもんである。

なるべくサルのハシカに掛からぬよう改造はしたくなかったが、一つ譲れない部分としてバックステップがあった。
親方は未だに金が出来たら8耐に復帰したいと本気で思っているので、「逆シフト」のクセを変えたくなかったのである。

バイクには何年も触ってなかった親方だが、一つ驚いた事は、ネットオークションで日本製じゃない部品が無茶苦茶安く売られるようになっていた事である。
親方は15000円でおつりが来る値段でアルミのバックステップキットを入手したのであった。

しかし、サルのハシカは、確実に親方の心を蝕んでいった。
幸いにも同時に「金欠病」にも感染していたので、そちらのウイルスの方がちょっとだけ強かったので、ハシカもあまり重くならなかったとも言える。
それでも、10cmロングスイングアームに始まって、フロントフォーク&ディスクブレーキ、ダウンマフラー等を安い中華部品で揃えたが、日本製の4分の1位の価格に驚く。
但し、クォリティーもそれなりで、M6のネジがすぐにナメたりシフトリンケージがターンバックルになってなかったり、ピロボールがすぐに壊れたり、中国製のクォリティーを端的に表現している。
キャブレターとかエンジン部品はとても使う気になれない。

○2008年夏
買ったスイングアームとフロントフォークに合わせてフロント&リアのフェンダーをオリジナルで創ってしまった。中華マフラーのサイレンサーはすぐに駄目になってしまったので、それもアルミ材を使って自作する。

3つ有ったエンジンの中で一番スパルタンなのは、純正72ccの腰上部品を使いヘッドの面研、メーカー不明のハイカムが付いて、ノーマルキャブでも75km/h以上は出ていた。
しかし、そのエンジンは好調ゆえか、2008年夏にはメインベアリングが逝ってお亡くなりになる。


仕方なく(半分は嬉しいのだが・・)ハシカの影響もあり、武川Sステージキットを組み込んだ88ccエンジンを一つ造り、快調にゴリラ通勤の日々は続いている。
全開走行を含む通勤でもリッター50km以上の好調な燃費を示し、夏休みの国道136号線の混雑も上手にすり抜けて実に快適なバイクライフを過ごしている。

つづく・・・ To be contine

 

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